2013.01.20

九谷焼きの流れから

以前取材を受けた記事がまた特別号として発刊され送られてきた

九谷焼の赤絵展が東京 京都 名古屋と巡回し好評を得ているようだ

赤絵の細描は字のごとく赤の絵の具で細かく繊細な描写で描かれている

むかし 米粒に墨で字を書いてあるような如く 筆を削り調え 赤 絵の具のすり方や配合 気温に合わせての作業など

特殊な技法である

同じ赤絵でも呉須赤絵は 勢いがありのびのびと描写されている 

現代は見てわかりやすさがいい仕事とよく言われるものである

細かくたくさん仕事がされているだけで価値が高いといわれるのである

少し偏ってしまったようである

古九谷には南京絵付けがあるように 呉須書きは実に勢いがあり力強く大胆に書かれ

のびのびと描かれている

青手も

最近は 青手と五彩手しかよく言われないようだが 九谷焼きに従事している人々の勉強不足以外の何者でもないのか

古九谷の分類はまだまだ多いのに わかりやすく説明するとそぎ落とされてしまう

次にくるのが古九谷の再興を目指した吉田屋が来てしまうのである

基本 古九谷の価値と吉田屋の価値との違いは大きな開きがあると思うのだが

その前に 再興を試みた若杉窯がある 民窯の染付けものが主流であるためか浮かばれてこないのである

ここに従事した職人が吉田屋に大きく貢献しているのだが

吉田屋も栄枯盛衰か窯を閉じ 次に生まれたのが宮本窯である 吉田屋の文様が赤絵で描かれるようにもなった

五彩を少なくして経費削減のデザインでもあって ある意味工夫である

しかしながら若杉窯がなくなり 吉田屋に移行しては行ったが もうひとつ小野窯も出来上がった

この小野窯も赤絵中心の窯である 違いは土である

本来 焼き物は土のあるところに窯を築き焼かれるが 九谷焼きは絵付けが主流の焼き物ゆえに

素地は運搬で運び上絵付けはまた別の場所で作業する特殊なことが起きるのである

古九谷の生まれたもとが有田とか石川とか論争になる一つの原因でもある

すべてではないが素地が九州から運ばれたことも事実であるし 

技法は有田で習得したのも事実である

だから 古九谷は有田の焼き物で様式であると位置づけるのは 日本が今 どこのものと争っている島と

よく似ている気がしてならないのはわたしだけ(笑)

価値の査定は時代の流れが大きく作用するものである

希少なもので数少ないもののよきものは破格の価格で取引される

でも これはコレクターや美術的価値のゆえんである

しかし 一方でここで利益を生むための作為的作業があるのも事実でもある

古九谷が価値を生み出したのも幻の焼き物として売買されるように仕向けられたものでもあったからだ

どこの焼き物かわからないより 名があるものの方が価値を生むのである

もののよさはどう取り上げられるかという 不思議なところはあるが

いいものは有無も謂わずやっぱりいいから まあそれで良いか

最近景気がよくないから うちの家宝の初代 秋糖の赤絵細描でも売り時なのかな


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2013.01.18

年が明けてもう・・・

もう新たな年迎え幾日ですか まもなく大寒

今年は少々 雪が多くございます

寒い毎日が続きます

アトリエの蒔ストーブはお疲れ気味
まだまだ がんばってもらわないと

造型の仕事が増え 轆轤を使うことが少なかった昨年
土を練るドレン機がやばくなってます

土もの用が二台
磁器用が一台 ステンとオールコーティング施したものもちと鉄粉がちらほら

致命的である
80キロは磁器の粘土が廃棄になってしまう
型枠や原型に変身

沢山 見本が生まれそうだ

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2012.08.13

どうなのか見方で変わるもの

ちょっとぺ―スがあがったかな  すみません不定期で

明治の時代日本の大きな変革の時期 海外との交流も多く新しい文化が急激に流入した

徳川の世も終わりを告げ 茶の湯も衰退し始めた

老舗から実業家と大きく変貌し 豊かな財源を持ち備える数寄者が生まれるのである

この時代は今で言うゴルフでの社交の場はなく 茶の湯がひとつのステイタス

目の眼を持たないものは付き合いが出来ないものであったのだろうか

この時代に日本の文化を海外に発信することが盛んに行われ 文化財の流失にもつながっていくことになる

今の 日本の個人というか公的機関でない美術館を有する企業が立ち上がり その創始者たち

大正名器鑑を書く事につながっていくのである  三越がんばれ

話は変わるが今も海外に進出しなければ生きていけないという時代になっている
少しは重なるような気がする

ただ、大きな違いはある 愛国心は無くなっているように思える

この時代のセレブは日本のモノを大事にし投資や保護バックアップもしたものだ

今は企業イメージのプラスになるからとバックアップではないだろうか

オリンピックの選手にはスポンサーはつくものだ

話は飛んでしまったが 道具は不思議と落ち着く場があるものだ

いくらお金があっても地位があっても 文化芸術に理解がないと世界では通用しないのではないだろうか

京都時代よく聞いたことで あの人はお金儲けは下手だけど立派な方ですよという話

そんな方のお宅に伺うと大きな家でなくても 一つ一つの道具がいいものである

最近安く手に入れて価値のある品物を鑑定する番組があるが世の中はふさわしい値段がついているものだ

ほとんどのものは値が下がるのは今の方が酷いのではないだろうか

墨跡など禅語は 祖師の教えを頂き修め心得るものであるが

最近の画廊での大安売りはその墨に込められて書かれているのかと悲しくもなるものである

若い陶芸家の技術は未熟だが精一杯の表現の作品の方がよっぽど感銘を受けるこの頃である

東京電力の福島の原発で働いていた方が矛盾から退社し

電気と関わらない生活をして今を生きている その後の今の現状である

僕たちは知らないだけで超えてはならない壁を安易に超えてしまっている世の中ではないだろうか

もっとあたたかく 笑顔のある不自由な生活が心豊かにするのかも 一般人は

セレブはなした財でもっと社会貢献してくださいね

心を込めて一つ一つと再度言い聞かせる 日々であります

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2012.07.17

偶然に同じお話

またまた 久々の書き込みです

最近 同じことについて何人の方からか話をお聞きすることがある
まったく 同時期に

工芸のカテゴリーであります

日本語を英訳するとき そこに込められている意味や感性を訳す言葉がないことである

工芸もそのひとつである

美術工芸 産業工芸 生活工芸 

そもそも工芸の意は 工としての仕事 芸としての込められているもの

焼き物は縄文の時代より器としての役割を果たしてきた

祭器などにも使われ水をためる甕としても還元焼成の焼き締まりも知っていた

工芸の革新も鎌倉室町には日本らしさが起こり始めシルクロードから中国を渡り

入ってきた 文化が日本独自の形を作る基盤の時代でもあろう

本来持っていた独自性との融合でもあるのだろう

異文化を知ったときの驚きと感動は楽しいものである

桃山期に完成した工芸は ものを考え創造した数奇者の感性が反映した

侘び茶を完成させた利休居士 その師である珠光や紹鴎

未完成の美意識は独自のものであろう

サンピエトロ寺院もまた同じである

細かく緻密に描くことはそこから比べたら入り口であるのだろう

味わいのある大端な墨あとなどはとても味わいのあるものだ

産業工芸は作家や業者の生活の糧である
生活工芸は日常の生活用品
美術工芸は作り手のマスターベーション

同じことを違う言い方をすれば
産業は従事する人たちに潤いを与え生活の中によりよい感性の道具と過ごすライフスタイルが提案でき
独自の感性から生み出した世界観を楽しんでいただく作品でもあります

すなわち 生活と密着しながら進化してきた身近な文化である

美術は絵画に代表されるよう 内相の感性を表現したものや

自然をどのように捉えたか作者の意図があるように時代背景 作者の人生観など
クラッシックの音楽と似ているものである

分類として 使うもの 鑑賞するものの違いこそあれ 

生活にどのくらい身近な存在であるか 距離感なのであるう

日常使い 特別な日 そのシーンにより使う側のときと場合があるのかな

所持していたという個人的な物欲は少ないと思うが手に取りじっくり眺め

感じ取りたい経験は常にあるかもしれない

自作がそのようなものでありたいと願うものである

工芸がただクラフトといわれないように分類されるよう願うものである

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2012.07.14

思いついて書きためまする

またまた 久々の書き込みです

最近 同じことについて何人の方からか話をお聞きすることがある
まったく 同時期に

工芸のカテゴリーであります

日本語を英訳するとき そこに込められている意味や感性を訳す言葉がないことである

工芸もそのひとつである

美術工芸 産業工芸 生活工芸 

そもそも工芸の意は 工としての仕事 芸としての込められているもの

焼き物は縄文の時代より器としての役割を果たしてきた

祭器などにも使われ水をためる甕としても還元焼成の焼き締まりも知っていた

工芸の革新も鎌倉室町には日本らしさが起こり始めシルクロードから中国を渡り

入ってきた 文化が日本独自の形を作る基盤の時代でもあろう

本来持っていた独自性との融合でもあるのだろう

異文化を知ったときの驚きと感動は楽しいものである

桃山期に完成した工芸は ものを考え創造した数奇者の感性が反映した

侘び茶を完成させた利休居士 その師である珠光や紹鴎

未完成の美意識は独自のものであろう

サンピエトロ寺院もまた同じである

細かく緻密に描くことはそこから比べたら入り口であるのだろう

味わいのある大端な墨あとなどはとても味わいのあるものだ

産業工芸は作家や業者の生活の糧である
生活工芸は日常の生活用品
美術工芸は作り手のマスターベーション

同じことを違う言い方をすれば
産業は従事する人たちに潤いを与え生活の中によりよい感性の道具と過ごすライフスタイルが提案でき
独自の感性から生み出した世界観を楽しんでいただく作品でもあります

すなわち 生活と密着しながら進化してきた身近な文化である

美術は絵画に代表されるよう 内相の感性を表現したものや

自然をどのように捉えたか作者の意図があるように時代背景 作者の人生観など
クラッシックの音楽と似ているものである

分類として 使うもの 鑑賞するものの違いこそあれ 

生活にどのくらい身近な存在であるか 距離感なのであるう

日常使い 特別な日 そのシーンにより使う側のときと場合があるのかな

所持していたという個人的な物欲は少ないと思うが手に取りじっくり眺め

感じ取りたい経験は常にあるかもしれない

自作がそのようなものでありたいと願うものである

工芸がただクラフトといわれないように分類されるよう願うものである

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2012.04.25

最近思うこと

時代の変革と共に 工芸の価値観も変わるものである

日本の経済の方向性は多角化を続けているが
商売はいつの時代も時代に即してなければならないとは思う

工芸を製作する立場も色々ある

陶芸を製作するもの
陶芸でお金儲けをしたい人

つい前までは 旦那衆という人たちがいた

商売で財を成し 遊びは芸事や御めかけさんを囲う人もいた
しかしながら 教養がなければ馬鹿にされる風潮もあったものだ

どうく゛を持ち 眼力をつけ 人を育てる

今の時代は どうなんだろう
数寄者と呼ばれる人も少なくなっている

鎌倉期は工芸の格調の基盤が形成され 桃山期は独自の日本の工芸が発達した
安定の江戸期には華やかに工芸の装飾がなされ発達 色彩豊かに
明治期の変革に海外の文化に即発
昭和前期は受け継がれ 後期は物流であろうか

今の時代に即すあり方は?多方普遍的
情報に左右されながら 独自の価値観を持っている人も少ない
不安不安定な時なのだろうか
江戸期の一流の絵師を今の時代に当てはめると

漫画家なんだろうなぁ

工芸家は 作品より名声で価値が図られる 笑

単純に同列に並べて比べるものではないけど 
まずひとつでも 秀でればすごいことであろう

イノベーションと心が重要な時代でもあろう

せわしなく過ごしていると時の流れは速いものだ
一番の価値は時間と思う今日この頃である

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